2014年10月26日日曜日

砧と弱法師

 前回の記事で、『弱法師』と『砧』について書きました。まだ、数日も経っていませんが、少し考えを変えた方が良いようなので、それについて書きたいと思います。
 前回は、十郎元雅の『弱法師』に影響を受けて七郎元能が『砧』を書いたのではないかと書きました。これは「標梅」の言葉から弱法師との呼応を考えたのですが、今日『弱法師』の謡を謡っていて、これは『砧』が先で『弱法師』が後でなくてはおかしい様に感じたのです。

それ鴛鴦の衾の下には。立ち去る思いを悲しみ。比目の枕の上には波を隔つる愁いあり。

これに続く詞章を今日謡ってみると、『砧』の方が言葉の意味合いが素直に繋がり、その分深い所へ達しています。『弱法師』は言葉の繋がりが変則です。これは、『砧』を元に『弱法師』の詞章が作られたと見るべきでしょう。それぞれ意訳してみます。


『砧』のシテの出。
 男女の仲と言うものは、睦み合っている時でも、別れを思うと悲しくなり、寄り添って愛を語っても、世間の波が二人を隔てるのではないかと不安になるものなのです。まして来世までも愛を誓って、深く契り合った仲なのに、私と夫はこの世でさえ会う事が出来なくなってしまい、それでも忘れるなんて出来なくて、ずっと泣き暮らしているのです。

『弱法師』のシテの出。
 月の出も月の入りも見る事が出来なくて、夜の明け暮れも分からなくなってしまった。難波の海の底が知れない様に、こうなってしまった私の心の中の煩悶の深さなど、他人には全く知られない事だ。
 鴛鴦は睦み合いながら別れの思いを悲しむと言い、平目も夫婦ならんで泳ぎながら、波に隔てられるのではないかと心配していると言うけれど、心のない動物たちでもそうなのだから、情愛豊かな人間として生まれて、辛い日々を送って来ると、私と妻との間にも、仲を裂こうとする様々な事が起こり、心配が絶える事がない。しかも、前世で誰かを嫌った様なことがあったのだろうか。今この世では、父に私の事を悪く言う人がいて勘当を受け、それをあれこれ悩んでいる内に、涙が視界を閉ざして盲目となってしまった。あの世とこの世の境にある「中有」という世界は、死んだら通るところであるのに、私は生きながらその幽暗の道に迷っている。
 でも、本来心の中に闇などと言う物は無いはず。伝え聞く唐の一行禅師が暗闇を抜ける時には、九曜の曼荼羅が光り輝いて行く先を照らしてくれたのだと言う。今も末世とは言いながら、ここは有名な仏法最初の天王寺で、石の鳥居がほらここにある。立ち寄って拝む事にしよう。

 元雅の原作を留めるとされる世阿弥自筆本の『弱法師』は、妻役のツレを伴って登場しますので、「鴛鴦・・・」以下の言葉もそれ程意味不明ではありませんが、それでもこの後の台本全体の流れから見て、ツレを登場させる必要はありません。
 完成した作品を見て、ここが不要で、この言葉は可笑しいと言う事は簡単ですが、創作をする者にはここはどうしても必要だと言うことがあるものです。この詞章などは当にそれで、元雅はどうしてもここに「鴛鴦」以下の言葉を入れる必要があったのです。それは、弱法師が他でもない元能の姿であり、『砧』が元能の作品に他ならないからです。



































































































































































































































































































































































































































































































































































































































































































































































































































































































































































































































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