2016年4月5日火曜日

新作能『斎王』の詞章

先日(4月2日)に五條市の御霊神社社務所にて、氏子の方々を始め、千七百年祭に関わる皆様に披露しました、新作能『斎王』の詞章を公開します。節付けをして謡本にしたものも、近いうちに公開します。ご興味のある方はお読み下さい。
ご意見など伺えれば嬉しいです。

前シテ  宇智ノ女、母親
後シテ  井上内親王
前ツレ(男)  宇智ノ男、子供
ツレ(女)   都ノ女
ワキ   都ノ男
アイ   門前ノ者

斎王

〈次第の囃子にてワキとツレ(女)が登場〉
〈次第〉(ワキ・女)「つなぐ命の重さゆえ。つなぐ命の重さゆえ。古き神をも訪ねん
(女)「これは東の京に暮らし。西に下る者にて候。我四十路に及び子を授かり。色々思い煩うこと限りなし。(ワキ)「ここに奈良の南、五條の地に。齢経て子を産みたる神のまします由を聞き。某御供申し。只今五條の地へと急ぎ候
〈道行〉(ワキ・女)「この頃は。東の地には住みかねて。東の地には住みかねて。せめて日の本ならば西へ西へと求め来て。「奈良の都で名を聞きし。御霊の神を祀りたる。五条駅より吉野川。渡りて至る霊安寺。御霊神社の庭とかや。御霊神社の庭とかや
(ワキ)「御急ぎ候程に。御霊神社に着きて候。心静かに参詣申そうずるにて候。不思議やな赤き鳥居の傍らを見れば。梅の古木と見えて皮ばかり残りしが。若き枝の生い出で。色殊なる花を咲かせたり。人来たりて候はば尋ねばやと思い候

〈一声の囃子にてシテとツレ(男)が登場〉
〈一セイ〉(シテ・男)「老い梅の。うろの皮より出ずる枝の。色こそ若き春の風。(男)「水温む日はなお遠く。(シテ・男)「年経て流る。吉野川
〈サシ〉(シテ)「まだ寒く花咲くよりもなお古き。都の色をあらわして。(シテ・男)「赤き色濃き梅の花。難波の都奈良の都。吉野の都の名残とも。宇智の郡に咲く花の。若き匂いのめでたさよ
〈下歌〉「この春もまた連れ立ちて。二人眺むる嬉しさよ。
〈上歌〉「年毎に。老い朽ちてなお咲く花の。老い朽ちてなお咲く花の。梅は色濃き春の色。冷たき風なおつらけれど。日差し仄かに柔らかく。「梅と鳥居の色紅き。神と怖れをかしこみて。御霊の宮に参らん。御霊の宮に参らん

(ワキ)「いかにこれなる男女の人に尋ね申すべき事の候。(男)「我等が事にて候か何事にて候ぞ。(ワキ)見申せば仲睦まじく連れ立ちて候が。夫婦の人にて候か。(男)「いやこれなるは私の母なる人にて候。(ワキ)「げにげにこれは誤りて候。さては親子の人にて候か。されども若く美しき母御にて候よ。(シテ)「あら嬉しの言の葉やな。御身は何処より来たれる人なるぞ。(ワキ)「これは東の京より。西に住処を求めて来たる者にて候。これなる人の子を授かりたるにより。これなる宮に参りて候。(シテ)「これは遙々の御出でにて候よ。さては当社の御謂れを知ろし召されて候か。(女)「いやただ四十路半ばに皇子を産みたる御神とこそ聞きて候え。(男)「あら危うしやこの御神は。御霊と祀り斎われし。祟りの神にてましますものを。(シテ)「いやいやそれは遙かの古。恐れたりしは仇なす人。ましてやこれは遅き子を。授かりたりし人ならずや。(シテ・男)「若き命の溢れたる。時世は既に過ぎ去りて。衰え行かむ今の世に。宿る命の尊さを。守る神とぞ知ろし召せ
〈上歌〉(地)「この国の。人の栄えの幻の。人の栄えの幻の。明らかなりし今の世に。命宿せし。高齢と嘆き給うな。「この宮の。祭神なるは斎宮に。仕え給いし人なれば。神の恵みを身に受けて。若きを保つめでたさよ。若きを保つめでたさよ

(ワキ)「さればこのご祭神の御名。また御謂われをも詳しく御物語候え。
〈クリ〉(地)「それこの御霊神社のご祭神と申すは。千三百年の昔。聖武天皇第一の姫宮と生まれ。光仁天皇の皇后となりし。井上内親王にておわします
〈サシ〉(シテ)「長く斎王として伊勢にあり。(地)「夜昼分かぬ神への仕え。祈祷を良くし神楽に優れ。神託を下すも度々なり。(シテ)「伊勢に在すこと十八年。(地)「神の恵みの故やらん。二十歳見まがうばかりなり。
〈クセ〉「ここに弟宮安積親王。俄に亡くなり給えば。斎宮は障りありとて。奈良の都へ帰りしを。白壁の王子とて。日陰に在しましし人の。妃に迎えられ。四十五歳にして。他戸王子を産み給う。妹宮には。藤原の光明子の御腹にて。阿部の内親王。仲麻呂に語らい孝謙。弓削の導師を伴い。称徳となりて天の下しろしめす。その後を白壁の王子受け継ぎて。光仁天皇井上皇后となり給う。
「されど五十余歳の。余りに若く美しき。帝御悩となりし時。人々あやしみて。心に思い給いしを。
(シテ)「参議百川卿忍び上り。(地)「これは皇后の。呪詛をなせし故なりと。秘かに奏し給えば。廃皇后その上。この宇智の郡に籠められ。宝亀六年四月下旬。他戸親王と共に。此処にて空しくなり給う

(ワキ)「ご祭神の御事は承りぬ。さてさてこれに咲きたる梅は。その御神に謂われある。神木にては候やらん。(シテ)「いや神木とは恥ずかしや。余りに古き御神にて。梅は寿命も保ち得ざらんさりながら。ご覧候えこの梅の。古木はうろとなり果つれども。若き枝々生い出でて。漲る命の紅き花。咲かせてこそは候なり。
〈下歌〉(地)「その古はこの身をして。若き命を守り得ず。この梅の。年毎に咲くを見て。朽ちる命をつながんと。夕べの雲も赤根草。枕の夢を待ち給え。枕の夢を待ち給え。

〈中入。シテと男退場〉
〈間狂言の語り。門前ノ者登場し、ワキと言葉を交す。井上内親王について、特に死後ご祭神と祀られる子細を語る。最後にツレの女を気遣って、社務所に床を設える由言いて退場する。〉

(ワキ)「いかに申し候。奇特なる御事にては候えども。夜風は身体に障り候。あれなる社務所に御休みあろうずるにて候。(女)「さらばあれにて休み候べし。「いかに申し候。さるにても遥々と来たり候よ。(ワキ)「げに大事の御身にては遠き道にて候よ。(女)「さりながらここに参詣申して。出産の事少し心安くなりて候。御心遣い返す返すも有難うこそ候え。今宵はここにて休み候べし。

〈ワキ、切戸より退場。以降はツレの女の夢の世界となる。〉

〈待謡〉(女)「思わずも。子を授かりて故郷を。子を授かりて故郷を。背き流離う行く末の。頼み少なきこの身を。守る力のあるやらん。守る力のあるやらん。
〈出端にて後シテ・井上内親王登場〉
〈サシ〉(後シテ)「それ高き山には風起こり易く。深き海の水は量り難し。人は幽かなる玄妙を知らず。知れるを以て真実となす。
〈一セイ〉「陰陽の二神この世を生みしより。男女の営みの貴きに。子を残し孫に伝え。神の恵みを代々に保たん。

(女)「不思議やな旅の夢中に現われ給うは。いとも気高き御姿。その面影は昨日見し。母なる人にてましますか。(シテ)「母と見えしは仮の姿。これは遥かの古に。久しく伊勢にて神に仕え。鬼道を司りし斎王なり。(女)「神に仕えし御身なるに。召されし衣は赤根染の。(シテ)「舞の衣は俗の世にて。命を果たせし証なり。(女)「さては幼き皇太子の。恨みの色にてましますか。(シテ)「一つは彼の恨みの色。怨霊たらん苦しみを。母が命に背負いしなり。されども夕べの赤根雲。恨みの色にてなきものを。
〈一セイ〉「我が斎王は女子の役。(地)「子なる酒人内親王。孫なる朝原内親王と。神に仕えし祝いの色。(シテ)「この國の。目に見ぬ誓い夜昼の。祈りを捧げし斎の道。
〈大ノリ〉(地)「守るべしやな。守るべしやな。陰陽二つの治めの力。今衰えん。日の本の民の。危うき命をつながん人に。夢中の舞楽。有難や。  〈神舞〉

〈キリ〉(地)「政。乱れし時は陰陽の。気を整えて平安の。都築きて。兵乱の繁き時は。舞楽をなして。武士の心慰むる。今目前の。栄に耽り。海山を隔てば。山は痩せ。海は濁り。故郷を離れし人も。千三百年祀り守らん。この神の。夢中の告げは。これまでなり。人は皆。神仏の種に身をまとい。限りある世を命として。命を継ぐぞと言うかと思えば。夢は覚めて失せにけり。

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