観世九皐会五月定例会 で「杜若」を致します
舞台のご案内
前略 皆様にはこの二年の苦しい生活の中にも、新たな道を模索しつつ、ご健勝でお過しのことと存じます。能は表面的な楽しみのための声高な喧伝とは距離を取り、確かな力を静かに伝えています。表面的なわかり易さや楽しさではなく、自然や宇宙につながる普遍的な力を、皆様と共有できると信じております。それには知識も予見も必要ありません。
今年最初のシテは、五月の九皐会の「杜若【かきつばた】」です。在原業平【ありわらのなりひら】の歌に詠まれた杜若が女の姿で現われ、業平が歌舞【かぶ】の菩薩の化現として過した有様を曲舞【くせまい】に舞い、その現身をもって序之舞を舞います。
この十年来シテを舞うにあたっては、江戸時代の復原装束を山口能装束研究所のご協力を得て使用しています。全ての価値をお金で量ろうとする現代とは異り、江戸時代の武士は、のちに武士道とも呼ばれる高い倫理観を生き方の指針としていました。そこから生まれる価値観や美意識を、彼等は装束を始めとする能のあらゆる分野に表現してゆきました。明治以降、特に敗戦後の時代にそれを復原することは大変難しいことですが、演者と装束のふたつながらその原型に近づいた時、それはとても大きな力となるでしょう。拝金主義を脱してこれからの時代を切り開く力となるかも知れません。
六十代も半ばにさしかかって、これからの十年程は、このことを静かに示してゆきたいと考えています。そんな可能性を見据えつつ、今は舞台に触れた全ての皆様に、平安のひと時をお届けしたいと思います。
草々
壬寅春